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BA30(ま45)です。バス窓仕様のBAで、年式は1968〜1969年頃と推測されます。鶴川駅〜聖蹟桜ヶ丘駅運用時の姿になります。撮影 相州屋様 |
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1970年式のBA30(や55)です。R13型ボディを架装する9mクラスになります。1979年1月の撮影です。撮影 まにまにカレチ様 |
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1972年式?のBU10D(ち83)です。茅ヶ崎の鶴が台団地での記録になります。撮影 鎌倉営業所様 |
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1972年上期のBA30(や80)です。この辺りの年式から2段サッシへと移っています。1979年4月の撮影です。撮影 まにまにカレチ様 |
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1973年下期のBU10D(や68)です。富士3E型ボディを架装するグループで1979年下期まで投入された型式です。1979年1月の撮影です。撮影 まにまにカレチ様 |
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1977年下期のBU10D(つ29)です。三ヶ木にて1981年頃の撮影です。撮影 鎌倉営業所様 |
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1979年下期のBU10D(ふ118)です。BU系の最終増備にあたる年式です。藤沢はこの年式からいすゞ車が急激に増えました。引退後は関東自動車へと移籍しました。撮影 鎌倉営業所様 |
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1982年上期のK-CJM500(ち14)です。富士ボディを袈装したCJM系は全てCJM500で、3E型ボディは1982年上期まで導入されました。撮影 相州屋様 |
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1982年上期のK-CJM500(ち11・ち53)です。1989年3月の撮影で、ち53は1986年に町田から転属してきた車です。ち11は東海バスへ、ち53は岩手県交通へそれぞれ移籍しました。撮影 ジャック様 |
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左は1982年上期のK-CJM500(ち14)、右は1984年上期のP-LV314L(ち70 富士5E)の並びです。ち70は1986年に転入してきた車で、廃車後は2台とも東海自動車へ移籍しました。撮影 ジャック様 |
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1989年3月に撮影された茅ヶ崎営業所の様子で、富士重5Eと3Eがズラリと並んでいる様子です。3Eと丸目ライトの5EはK-CJM500、角目ライトの5EはP-LV314Lです。撮影 ジャック様 |
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1983年上期のK-CJM500(ち71)が整備を受けている様子です。5Eボディは1982年下期から架装するようになりました。1985年に町田から転属してきた車です。撮影 ジャック様 |
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1984年上期のP-LV314L(ま66)です。最も初期のLV314で、1983年までの先代CJM同様に引き続き富士5Eボディを架装していますが、目立つ所ではヘッドライトとフォグランプが角型化されたのが大きな変更点です。写真は1991年4月の撮影で、野津田車庫を後にし仮ナンバーで旅立つときの様子です。撮影 横浜平島様 |
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1985年上期の富士5EボディP-LV314L(ち6)です。変速機はロッド式で床も板張りです。このタイプは東海バスや関東自動車等で第2の人生を歩みました。撮影 it様 |
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1985年下期のP-LV314L(つ40)です。系統番号準備仕様で、系統番号が設定される直前ではこのような行先表示を見ることができました。撮影 ゆたりん様 |
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1986年上期のP-LV314N(ま48)です。5Eボディの長尺LVは全体的には多くなかったものの、町田ではよく見られました。撮影 ゆたりん様 |
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1986年上期のP-LV314L(ち18)です。フロントのマーカーランプは方向幕脇にあります。1997年下期には全廃となったグループです。撮影 ゆたりん様 |
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1986年上期のP-LV314N(ま48)です。 全長10.98m、ホイールベース5.5mの長尺に当たるグループで、この代の町田はホイールベース5mのL尺と並行して導入されました。 この当時の町田は富士5EやIKCボディのほか、長尺エアロスターや日産ディーゼルU32も並行導入されるなどバリエーション豊かでした。撮影 相州屋様 |
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1986年3月投入のP-LV314L(ま19)です。 町田バスセンターで出発待ち時を記録した1枚です。この3月に入った町田車は大変多彩で、写真の富士5EボディL尺仕様が8台、キュービックL尺が2台、長尺のLV314+5Eが7台、長尺のエアロスターKが7台、P-U32Lが4台の計28台、日野以外の3メーカーが揃っていました。 |
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1998年夏に撮影された1986年下期製のP-LV314L(ま76・ま54・ま140・ま53)です。このとき既に波線の旧塗装車は希少価値の存在でした。右の画像はP-LV314Nです。撮影 ともやっち様 |
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1986年下期のP-LV314N(ま12)です。最後まで残った5Eの旧塗装車はこの「ま10」と「ま12」でした。5Eボディの内、この1986年下期に導入されたグループのみ、フロントの波線部分がバンパー近くまで下がっていました。クーラーユニットは室内置きです。1999年2月に全廃となっています。撮影 it様 |
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1986年下期のP-LV314L(ま61)です。多摩ナンバーの「3」揃いが印象強く残る写真です。このバスは1998年11月に廃車になっています。 富士5Eでもフロントの波線がここまで大きく波打っているのは86年下期車のみの特徴です。 撮影 つがね様 |
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1986年9月投入のP-LV314L(ち38)です。 旧塗装では最後のグループとなった年式で、キュービックと富士5Eボディのほか全長の異なるL・N尺仕様の4パターンが存在しました。 下期の茅ヶ崎はL尺車3台が配属されていました(ち29・ち37・ち38)。3台共に1997年4月まで在籍しLV380へと置き換えられました。 写真の【平03】系統は平塚駅からさがみ野駅を結ぶ路線でした。撮影 ゆたりん様 |
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1987年上期のP-LV314N(ま110)です。町田のこの代は長尺車9台が在籍していましたが、L尺も並行して導入されておりLV314も多数見ることができました。写真は今はなき町01系統運用時に相模大野駅で待機中の様子です。撮影 綾瀬師匠様 |
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1987年上期のP-LV314L(ち41)です。夜の茅ヶ崎駅前で待機しているシーンです。撮影 Yu131様 |
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1987年上期のP-LV314L(ち51)です。やはり2001年7月に全廃となりました。 |
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1987年上期のP-LV314L(ち46・ち32)で、左は最終や深夜バスで時々見られた赤色灯です。撮影 Yu131様 |
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1987年上期のP-LV314L(ち39)です。現行塗装となった最初の代で、撮影は1988年8月です。社紋の位置が旧塗装時代より下がりました。撮影 ジャック様 |
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1987年上期のP-LV314L(ち39)です。この年式の茅ヶ崎車は3月〜5月にかけて20台が投入され2001年7月まで見られました。 |
1987年上期のP-LV314N(や90)です。 現行塗装となったグループはキュービックは長尺のみが入り、富士5EボディはN尺・L尺の2種が並行導入されていました。 大和は5EボディのN尺が7台配属されました。N尺はQ尺に続く2番目の長さの仕様で全長10.98m、ホイールベースは5.5m、エンジンは1984年〜1990年式まで共通の6QA2型(162kW(220PS))を搭載し、神奈中はOD5速仕様でした。 大和は7台中6台が1999年までには引退しており、写真の「や90」のみ2001年7月まで残存したため創立80周年のステッカーが貼られた姿も短期間ながら見ることが出来ました。 写真は三ツ境駅北口での境21系統 十日市場駅線待機中の様子や、鶴ヶ峰駅前での峰02系統待機中の姿や車内の様子です。相鉄のひかりが丘団地線エアロスターKに囲まれたり、横浜市営BRCによるよこはま動物園線の姿も懐かしいです。撮影 Yu131様 |
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1987年上期のP-LV314N(や66)です。 現行塗装なった最初のグループで、この代の大和は長尺の富士5Eボディが7台入り、三菱P-MP218MエアロスターKと並行して導入されました。 写真は南林間駅で待機中の姿で、2002年11月16日改正で廃止となった小01系統 小田急相模原駅〜大和学園〜南林間駅線です。撮影 藤島雅哉様 |
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1987年上期のP-LV314N(ま143)です。 全長10.98m、ホイールベース5.5mの長尺車で、この代の町田は50cm短いL尺仕様と並行導入され上期は計19台が入りました。 写真は町田バスセンターで記録された1枚で町23系統に運用中の様子です。冷房車を示すペンギンマークの掲出や、夜行高速バス京都線のPR垂れ幕等も懐かしいです。撮影 桃太郎301様 |
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1987年3月投入のP-LV314N(ま110)です。 現行塗装となった最初のグループです。この代のLV314系は長尺キュービックと富士5Eボディは2種類の長さが存在し計3種が見られました。 この年式の町田向けは富士5Eボディが導入され、写真の長いN尺が9台のほか、L尺も10台並行導入され計19台が在籍しました。撮影 it様 |
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1987年下期のいすゞP-LV719R(ふ502)です。元貸切で神奈中ハイヤーに在籍していた時期もありました。晩年は神奈中に戻り文教大学の教職員送迎用で使われていましたが、写真は貸切として走った時の様子です。2台が在籍しました。撮影 相州屋様 |
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1987年下期のいすゞP-LV719R(ふ310→ふ501)です。文教大学の教職員送迎用で、このバスも1995年から神奈中ハイヤーに在籍していた時期がありましたが、再び神奈中に戻り活躍し2002年1月の廃車まで活躍しました。撮影 it様 |
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1988年上期のP-LV314L(や99)です。5EボディのL尺仕様はこの1台が最後まで残り02年11月末に全廃となりました。撮影 綾瀬師匠様 |
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1988年上期のP-LV314N(ま11)です。町田の5Eボディはこの1台が最後まで残りました。ま11は2002年3月の改番までは「ま88」でした。2003年2月に廃車となっています。撮影 綾瀬師匠様 |
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1988年上期のP-LV314L(ま183)です。こちらはL尺になります。1枚目は町田駅にて待機中の様子で町52系統金井経由にて鶴川駅からの到着便です。 2枚目は町田バスセンターを出発した町21系統の市民病院正門行です。撮影 綾瀬師匠様 |
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1988年上期のP-LV314N(は89)です。2002年3月に町田から転属してきた長尺車で、秦野での5Eボディは日デU32以来久々の復活となりました。同年11月に廃車となっています。撮影 運天使様 |
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1988年上期のP-LV314N(は89)です。湘南ナンバーを取得したあとの姿です。やはり秦野は5Eボディのいすゞは初めての登場となりました。 |
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1988年上期のP-LV314N(つ26)です。こちらも町田から転属してきた長尺車で、津久井でのこのボディも旧塗装以来の復活となりました。2002年11月廃車。撮影 あるてっちゃん様 |
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1988年上期のP-LV314N(ひ143)です。2002年3月に町田から転入してきたいすゞでは最古参のLV314です(元ま33)。主に湘南めぐみが丘の無料シャトルバスに就いていましたが、2003年3月に廃車となりました。撮影 Yu131様 |
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ひ143です。町田から転属してきた間もない頃の姿で、サイドの丸ミラーもまだ小さく、広告や垂れ幕も付いていませんでした。 |
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こちらも、ひ143です。湘南めぐみが丘の垂れ幕やマグネットが付いた初期の頃の姿です。 |
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1988年上期のP-LV314N(せ108)です。町田から転属してきた長尺車で、綾瀬での富士5Eボディは初めてとなりましたが、2003年3月に廃車となり、神奈中バスから5E型ボディは姿を消しました。撮影 綾瀬師匠様 |
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1988年上期のP-LV314N(ま11)です。2003年2月に廃車となった直後の様子で、同じ富士ボディの、ま314号や大量廃車が出た三菱MPとの並びです。 |
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1988年上期のP-LV314N(ま88)で、買物バスの運用に入ったときの様子です。この代の町田は写真の長尺車10台が在籍し、L尺も9台とLVが多数在籍していました。当時は車齢も12〜15年使用とまちまちでした。撮影 菅井隆行様 |
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1988年上期のP-LV314LN(ま31)です。 この年、上期の町田新車は全て富士5EボディのLV314で、ホイールベース5.5mのN尺、5mのL尺の2種が並行投入されていました。撮影 it様 |
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1988年上期のP-LV314N(ま77)です。 この年上期の町田はいすゞのみ富士5EボディのN・L尺の2種類が並行導入され計20台近くが入りました。写真はホイールベース5.5mのN尺仕様になります。 2003年3月までの在籍でしたが、最後の1年は綾瀬へと転出し「せ108」になりました。撮影 Yu131様 |
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1988年9月に投入のP-LV314N(よ131 本郷)です。横浜営業所に在籍する唯一のいすゞ車でしたが00年12月に廃車となりました。神奈中ファンの中でも人気の高い車両の一つでした。 |
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1988年下期のP-LV314N(よ131)です。横浜唯一だったLVが新緑の中を駆け抜けるシーンです。撮影 Yu131様 |
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1988年下期のP-LV314L(つ069)と、右は1992年上期のU-LV324L(つ08)です。 以前は当たり前のように見られた三ヶ木でのいすゞ車同士の並びです。いずれも2005年までには廃車になった2台ですが、つ069は廃車直前に伊勢原へ移り話題となった1台でした(い2)。撮影 綾瀬師匠様 |
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1988年下期のP-LV314L(い2)です。2003年9月に津久井から転属してきた1台(元つ69→つ069)で、伊勢原にいすゞが転属するとはと大変驚かされましたが、すぐに社番や方向幕等が撤去され離脱、翌月付で廃車となりました。 |
1988年12月投入のP-LV314L(ち36)です。 富士重工業ボディを架装した神奈中のLV314はこの年11月の新車から7Eボディへモデルチェンジされました。 下期の7Eは24台が入りIKCボディのキュービックは入りませんでした。いずれも全長10.48m、ホイールベース5mのL尺仕様でP-代は1990年まで導入されました。 写真の茅ヶ崎のほか津久井や大和、町田、平塚にも入ったグループです。一時期、茅ヶ崎や藤沢車のフロントガラス内には社番数字が記された札が掲出されていた頃がありました。撮影 犬山いずみ様 |
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1989年上期のP-LV314L改(や083→や83)です。藤沢神奈交バスに管理委託されていたときの様子です。この富士7Eボディを架装するLV314は88年下期から投入されました。2004年3月までに全廃された代です。撮影 it様 |
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1989年上期のP-LV314L改(つ47)です。三ヶ木で佇む姿で、8月7日に新設された相模大野・町田〜羽田空港線のPR垂れ幕が掲出されています。撮影 綾瀬師匠様 |
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「や046」です。大和時代、藤沢神奈交バスへ管理委託されていた頃の記録で、2003年6月にLED表示へ改造され9月に相模原へ転出したため、大和でのこの仕様は3ヶ月のみ見られました。撮影 綾瀬師匠様 |
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1989年上期のP-LV314L改(さ56)です。2003年9月に大和(元や74)から転属してきた1台で、麻溝では津久井からの転入もあり一時期5台まで増えましたが2004年1月までに全廃となりました。撮影 ともやっち様 |
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1989年上期のP-LV314L改(さ56)です。上と同じ車になります。相模大野駅で出発待ちの様子で、相25系統の相模原駅行です。やはり相模原でのいすゞLVは新鮮な存在でした。撮影 綾瀬師匠様 |
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1989年上期のP-LV314L改(ひ122)です。休日朝のみに見られる平44系統 小田原駅行運用時の姿で小田原駅前での記録です。後方には箱根登山バスのトップドア日野RJの姿も。撮影 綾瀬師匠様 |
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1989年上期のP-LV314L改(さ0183)です。 こちらも津久井から転属してきた車になります(元つ73→つ073)。9台の同型が転入しましたが6台が麻溝、3台は峡の原車庫に所属し峡の原車は相模神奈交バスへ管理委託されていました。 左は1995年式のU-MK218J改(さ0148)です。撮影 あるてっちゃん様 |
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1989年下期のP-LV314L改(つ048)です。2002年10月より津久井神奈交へ管理委託されていた車です。この記録の直後にLED化改造が実施されました。 写真は半原バス停にて橋04系統 橋本駅〜小倉橋〜半原線での運用です。この路線は9月27日の改正で廃止になりました。撮影 綾瀬師匠様 |
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1989年下期のP-LV314L改(ひ12)です。1989年上期〜1990年上期までのLV314はIKC・富士ボディ共に改造扱いで型式に「改」が付きます。 |
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1989年下期のP-LV314L改(つ060)で2004年にLED化されています。津久井神奈交の委託LVはその殆どがリアの取っ手が撤去されています。 この代は最後まで残ったのが「ひ65・ち34・ち48」の3台で2005年8月に全廃となりました(茅ヶ崎車は早くに運用離脱し、実質最後まで営業走行したのは「ひ65」でした)。 |
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1989年下期のP-LV314L改(ち4・ち19)です。この代の富士7Eボディ車は22台が投入され、写真の茅ヶ崎には7台が配属されていました。写真の、ち4はちょうど運用離脱のため方向幕や表記類の撤去作業を終えたばかりの様子で、この後半年以上が経過してから正式に廃車となりました。 |
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1989年10月投入のP-LV314L改(ち19)です。 1984年下期から1990年上期までの間に導入されていたLV314で、富士7Eボディはそれまでの5Eに代わり1988年下期から導入されていました。 茅ヶ崎営業所は多数の富士重工ボディ仕様で占められていましたが、写真の1989年式もLV314が13台導入されました。 「ち19」は2005年7月に引退しました。撮影 犬山いずみ様 |
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1990年上期のP-LV314L改(ひ62)です。2003年7月に大和(元や122)から転属してきた1台で、転入当初から8月開業の[平30 湘南めぐみが丘]の幕を装備していました。撮影 Yu131様 |
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1990年上期のP-LV314L改(や31)です。 2004年10月に津久井から転入した車です(元つ61→つ61)。同時に1990年上期の三菱P-MP218M「つ074→や37」も転入していますが、大和では僅か1ヶ月の在籍となり廃車となりました。最近新設された中山車庫に留置されていましたので運用実績があったかは定かではありません。撮影 平社員様 |
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1990年上期のP-LV314L改(や28)です。 LV314では最終増備に当たるグループで、やはりこの代も富士7EとIKC仕様が並行して導入されていました。 大和の1990年式は富士7Eボディ仕様で8台が入りました。写真は海08系統運用時で海老名駅東口での姿になります。1999年2月に当時の湘南神奈交バス大和営業所へ管理委託される以前の神奈中本体が担当していた頃です。撮影 菅井隆行様 |
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1991年上期のU-LV324L(は39)です。秦野のU-代も初となり「は39・は91」の2台が投入されました。写真は秦野駅で待機中の姿で、秦39 土屋橋経由の神奈川大学行です。撮影 it様 |
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1991年上期のU-LV324L(ま010)です。1999年2月に茅ヶ崎から2台が転入しました(元ち28→ま10、元ち73→ま12)。いずれも2002年10月に相模神奈交バスへ委託されています。過去には多くのLV314のほか僅かにLV380が在籍した時期もありましたが、町田のLVはこの2台のみとなってしまいました。 写真は鶴川駅にて鶴25平和台循環の出発待ち時です。撮影 KNC様 |
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1991年上期のU-LV324L(や19)です。2005年4月に鶴間から中山操車所へと移動した車で相模22か4330→横浜200か1726へ変更登録されています。 写真は鶴間車庫にて整備中の様子ですがちょうどLED化改造を終えたシーンです。減光モードでやや見づらいですが、鶴間担当の町88 車庫前発の町田ターミナル行が表示されています。撮影 じゅげむ様 |
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1991年上期のU-LV324L(ふ50)です。藤沢には過去に富士7EボディのLV324が2台在籍していましたが、1996年には綾瀬へ転属しています。写真の車はその後、せ128号車となりました。撮影 ゆたりん様 |
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1991年上期のU-LV324L(せ60)です。2005年から廃車が始まっています。写真の車は藤沢に配属されていました(元ふ31)。 |
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1991年上期のU-LV324L(せ44)です。 いすゞが多かった綾瀬は川重やIKCボディのキュービックが多くを占めていたため、富士7Eボディは少数派でこの年式もIKC仕様と並行して投入されていました。2006年3月に引退しています。 2003年4月の改正までは長後駅から相武台前駅や相武台下駅の路線も存在し座間市や相模原市内まで足を延ばしていました。 |
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1992年上期のU-LV324L(ち87)です。この代から前中扉間の窓配置に変化が見られます。また、補助席付きの代ですが後に撤去された車も多く、写真の車も撤去されていました。2006年2月までには全廃となっています。 |
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1992年上期のU-LV324L(せ13)です。1999年1月に津久井から転入した1台です(元つ79)。綾瀬では少数派の富士7Eボディ仕様ですが少しずつ増えてきています。写真は転入直後に海老名駅東口で撮影された1枚で、海13系統 相武台下駅→国分経由で海老名駅到着直後の様子です。この撮影に数日後に海13系統は大和へと移管されました。撮影 綾瀬師匠様 |
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1992年上期のU-LV324L(や36)です。大和駅出発時の様子で、町80系統 町田ターミナル〜つきみ野駅・中央林間駅・南林間駅・鶴間駅・市立病院経由の大和駅線です。相次ぐ神奈交移管により大和駅にやって来る神奈中本体車も僅かとなりました。撮影 it様 |
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1992年上期のU-LV324L(や45)です。中山操車所に配属されているLV324は写真の1992年式と1991年式が在籍し、この1992年上期が先に全廃となりました。撮影 綾瀬師匠様 |
1992年上期のU-LV324L(つ02)です。2003年5月に津久井神奈交バスへ委託された車で2006年1月に廃車となっています。写真は幕式時代の姿や、LED表示改造後の姿になります。 橋02根小屋経由の三ヶ木線は2004年9月27日ダイヤ改正で廃止された路線で小倉橋を渡り終えたときの姿です。撮影 ムッチー様 |
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1992年上期のU-LV324L(つ79)です。 補助席が設置されていたグループで津久井は3台が投入されました。 写真は今も本数が少ない湖29系統 相模湖駅〜高尾山口線の姿になります。 右奥の相模湖駅ドアガラスに長野行新幹線10月1日開業の文字が見えますので1997年の撮影でしょうか。 撮影 it様 |
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1992年下期のU-LV324L(つ019)です。この代の富士重ボディは4台のみの投入で、新製時は茅ヶ崎と津久井のみに見られました。こちらも2006年3月までに全廃となっています。撮影 Togashi様 |
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1993年上期のU-LV324L(ち62)です。この代は茅ヶ崎のみに在籍し、写真の車は運賃幕が黒幕式になっています。この代は2006年1月に全廃となりました。 |
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1993年9月投入のU-LV324L(ち79)です。 神奈中のLV324は1991年から1994年までに導入された型式で、やはり写真の富士7EボディのほかIKCボディ仕様の2種が存在しました。 いすゞが大半を占めていた茅ヶ崎もこの頃からエアロスターが少しずつ増えつつあり、この1993年下期もU-MP218Mと並行して導入されました。撮影 犬山いずみ様 |
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1994年上期のU-LV324L改(ひ77→ひ077)です。茅ヶ崎と平塚に計5台が在籍した新ステップ装備車で、やはり少数派の存在でした。いずれも転属することなく2007年2月まで活躍しました。 |
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1994年上期のU-LV324L改(ひ17)です。この代の平塚車は3台が在籍しました。写真は平64系統 八幡経由の工業団地循環線です。撮影 齋藤様 |
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1994年上期のU-LV324L改(ち54)です。写真の茅ヶ崎車は2006年3月にLED化されました。撮影 齋藤様 |
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1994年上期のU-LV324L改(ひ111)です。まだ湘南神奈交バスへ管理委託される以前の姿になります。撮影 Yu131様 |
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1994年下期のU-LV324L改(ひ25→現ひ025)です。LV324系では最終増備の代で富士7Eボディは茅ヶ崎2、平塚3と計5台が在籍しています。 |
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1994年下期のU-LV324L改(ち17・ち25)です。 平塚七夕祭りの臨時運用に入ったときの様子で、浜見平団地での姿です。撮影 KB様 |
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1994年下期のU-LV324L改(ひ025)です。平塚車は3台とも湘南神奈交バスへ管理委託されていました。2007年7月に廃車となっています。撮影 平社員様 |
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1994年下期のU-LV324L改(ち17)です。平塚七夕祭りの臨時系統に入ったときのLV324で、平塚駅〜浜見平団地間を結びました。撮影 Yu131様 |
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1994年下期のU-LV324L改(ち25)です。ち17、ち25が神奈中最後のLV324系となり、この富士重仕様も2007年8月に全廃となりましたが、1994年下期勢の路線車でも最後まで残った2台でした。 |
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1994年下期のU-LV324L改(ち25)です。こちらは藤沢駅での撮影で南仲通経由で茅ヶ崎駅からやって来た藤07系統です。撮影 Yu131様 |
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1994年下期のU-LV324L改(ち17)です。2007年8月まで在籍していた7EボディのLV324で、晩年は同期の「ち25」と共に運賃幕は黒地タイプに交換されていました。撮影 表会長様 |
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1996年上期のKC-LV380L改(つ046)です。路線車のKC-代では最も早く廃車となった車で2008年4月に廃車となりました。撮影 Togashi様 |
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1996年上期のKC-LV380L改(ち12)です。こちらは茅ヶ崎車です。 |
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1996年下期のKC-LV380L改(つ58)です。上期の「つ46」に続き、下期の津久井は1台が入った型式でキュービックの「つ14」と並行導入されました。橋10系統の上中沢線運用時の様子です。撮影 ムッチー様 |
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1996年下期のKC-LV380L改(ち18)です。7EボディのLV380系でV8エンジンを搭載します。KC-は1996年から1999年上期まで導入された型式で、この代は茅ヶ崎と津久井に各1台が在籍しました。 |
1997年上期のKC-LV380L改(ち20)です。この代も7E型ボディを袈装します。リアの取っ手が省略されるようになりました。 ち12は1996年上期のKC-LV380L改で、この年式まで取っ手が付いていました。 |
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1997年上期のKC-LV380L改(ち40)です。茅ヶ崎には7台が配置された代で、いずれも富士重仕様です。2000年代に入りLED化されていますが、写真は2002年10月まで運行されていた茅30系統・海老名駅線での様子です。 この代は2010年3月に全廃となっています。撮影 綾瀬師匠様 |
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1997年上期のKC-LV380L改(ち38・ち40)です。この代の富士7E仕様は茅ヶ崎のみに配属されています。frot撮影 it様 |
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1997年上期のKC-LV380L改(ち74)です。平塚七夕まつり臨時で平塚駅北口〜浜見平団地線運用に入ったときの様子です。今年から前面LEDにも臨時の表示が入るようになりました。撮影 永井様 |
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1997年上期のKC-LV380L改(ち20)です。この代の富士7Eボディ仕様は茅ヶ崎のみに配置されていました。撮影 KHK1529様 |
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1997年下期のKC-LV380L改(は10)です。秦野には1991年以来のLV系投入で3台が配置されました。茅ヶ崎と津久井にも在籍しますが、秦野車は2009年7月までに全廃となっています。この代から運賃幕が黒地になりました。クーラーはゼクセル製。撮影 it様 |
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1997年下期のKC-LV380L改(つ011)です。この代の津久井神奈交バス管理委託車は4台が在籍しましたが、この10月の車検満了に伴い「つ016・つ052」の2台が先に廃車となりました。撮影 Togashi様 |
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1997年下期のKC-LV380L改(ち44)です。この代の茅ヶ崎車は写真の44号車のみが在籍していました。撮影 Taku-s様 |
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1997年下期のKC-LV380L改(つ013)です。写真の車は一時期不具合で2010年春頃にGPSも撤去され離脱していましたが、その後は復帰しました。撮影 Togashi様 |
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1997年下期のKC-LV380L改(つ011)です。2010年夏に1997年下期車が一気に淘汰された中、同期の大型車では唯一生き残っていた1台です。2010年10月に引退しています。撮影 Togashi様 |
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1998年上期のKC-LV380L改(ま196)です。屋根上マーカーランプ廃止によりスッキリとした印象を受けます。町田車は全3台とも2001年7月に多摩営業所へ転属し、晩年は津久井に移りました。撮影 綾瀬師匠様 |
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1998年上期のKC-LV380L改(た12)です。この代の7EボディLV380は3台が在籍しました。撮影 表会長様 |
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「た14」です。八王子駅にて待機中の様子で、八71系統の片倉台線です。撮影 Togashi様 |
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1998年上期のKC-LV380L改(た14)です。写真は桜84系統に充当されたときの様子です。撮影 表会長様 |
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1998年上期のKC-LV380L改(た13)です。多摩の3台は共に新製時は町田に在籍していましたが、いずれも2001年7月の多摩営業所開設時に転入しています。撮影 表会長様 |
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1998年上期のKC-LV380L改(つ052)です。2011年2月に多摩営業所から転入してきた車です。撮影 Ad-blue様 |
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1998年上期のKC-LV380L改(つ022)です。こちらも多摩営業所からの転入です。新製当初〜2001年7月まで町田に在籍していました。撮影 Togashi様 |
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1998年上期のKC-LV380L改(つ059)です。2011年3月に多摩から転入した1台で、多摩にいたLV380は3台全てが三ヶ木へ移ってきました。撮影 Togashi様 |
1998年上期のKC-LV380L改(た12・た13)です。 この代の7Eボディは3台のみが町田へ配属されましたが、2001年7月の多摩営業所開設と同時に多摩へと転属しました。 町田でも稀少な存在でしたがやはり多摩でも少数派グループとして印象に残っています。 写真はその多摩所属時代の記録になります。3台共に転入し2011年に津久井へと転出しましたが、多摩での在籍が約10年と最も長かったです。 3枚目は落合四丁目バス停での記録で2台が永65・多03系統運用中に並んだ様子です。表会長様 |
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1998年下期のKC-LV380L改(ち63)です。下期の茅ヶ崎は「ち63・ち82」の2台が投入されました。撮影 綾瀬師匠様 |
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1998年10月投入のKC-LV380L改(せ131)です。湘南台駅西口での様子で湘28系統の一色上・遠藤経由の綾瀬車庫行の運用直前の姿です。撮影 綾瀬師匠様 |
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1998年10月投入のKC-LV380L改(せ16)です。ISSを装備する車でこの代は2台が在籍しました。写真の車は2006年6月に茅ヶ崎から転属してきました。2011年9月にはさらに津久井へと転属しました。 |
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1998年10月投入のKC-LV380L改(せ131)です。綾瀬市役所での1枚で長38系統の綾瀬車庫行運用時です。左には綾瀬市コミュニティバス予備の三菱PA-ME17DF「せ209」の姿も見えます。撮影 綾瀬師匠様 |
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1998年下期のKC-LV380L改(せ131→つ071)です。写真は珍しい綾瀬市のLED表示です。2011年9月に津久井へ転属しました。撮影 や72様 |
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1998年下期のKC-LV380L改(せ131→つ071)です。綾瀬の富士重工ボディ2011年9月の転属によっていずれも津久井へ移ったため、綾瀬から富士ボディ車が消滅しました。撮影 湘南22様 |
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1998年下期のKC-LV380L改(つ071)です。車検を通し2011年9月に綾瀬から2台が転入しました(元せ16→つ062へ、元せ131→つ071へ)。GPSを装備しない つ062と違い写真の車はGPSを備えているため見かける機会も多かったですが、先に、つ062が廃車となったため、富士重LV380はこの車が最後の1台となりました。2012年6月に全廃となっています。撮影 Togashi様 |
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1998年下期のKC-LV380L改(つ062)で、2011年9月に綾瀬から転入した1台です。新製当初は茅ヶ崎(ち82)に配属されていましたが、2006年6月に綾瀬へ移りました(せ16)。撮影 Togashi様 |
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1998年10月投入のKC-LV380L改(せ131)です。 この年下期の綾瀬は写真の富士重工仕様のほか、キュービックボディの「せ130」も並行して導入されました。 元々、綾瀬の富士重工ボディ仕様は小数派でしたが、綾瀬向けの新製はこの「せ131」が最後の導入となりました。晩年の2011年に津久井へ転出しました(つ071)。撮影 犬山いずみ様 |
1998年10月投入のKC-LV380L改(つ071)です。 新製時は綾瀬営業所の「せ131」号車として登録された1台で、津久井には晩年となる2011年9月に転入しました。富士重工ボディ仕様のLV380では最後まで残った1台でした。 写真は2012年3月3日に立川バス拝島営業で開催された第3回立川バスファン感謝イベントでの様子でLV380が展示されました。「つ071」のほか立川バスの「H724」、西武バス「A9-632」との並びです。 2020年に発売された神奈中オリジナルバスコレ第9弾のパッケージ写真もこの並びでした。撮影 it様 |
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1998年10月投入のKC-LV380L改(つ071)です。 晩年の2011年9月に綾瀬営業所から転入した1台です(元せ131)。津久井での活躍は約9ヶ月程と短く2012年6月に引退しています。その後は鹿児島交通へと移籍しました。 7EボディのLV380では最後の1台でした。撮影 ムッチー様 |
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1999年3月投入のKC-LV380L改((ち6)です。側面幕部のガラスが固定化されました。ISSも装備し2台のみが茅ヶ崎に在籍しました。 |
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1999年3月投入のKC-LV380L改(ち45)です。ち6と共に2台のみが在籍した代で、富士重仕様のLV380では最後の代となりました。1998年下期車より一足早い2012年2月に全廃となりました。 |
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2001年7月に投入されたKL-LV280L1(ち51)です。茅ヶ崎に4台が納車された富士7Eボディ仕様のKL-代です。エアサスのワンステップ車で逆T窓や固定窓が印象的です。富士ボディのLVも2年ぶりの投入となりました。 |
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2001年7月に投入されたKL-LV280L1(ち41)です。茅ヶ崎駅にて休日の朝1往復のみが残る茅43系統の綾瀬車庫行に入る前の様子です。撮影 綾瀬師匠様 |
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2001年7月投入のKL-LV280L1(ち23・ち51)です。茅ヶ崎に4台が配置されている初代ワンステップ車です。ホイールがシルバーに塗り替えられています。この代も徐々にシートモケット更新が始まり、2007年の新車同様に優先席も青となっていました。 |
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2001年7月投入のKL-LV280L1(ち41・ち51)です。富士7Eボディ仕様のKL-代ワンステップ車は2001年7月〜2003年2月に投入され、写真の茅ヶ崎車のほかは中山のみに在籍しました。撮影 Ad-blue様 |
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2001年7月投入のKL-LV280L1(ち23)です。平塚七夕まつり臨時の浜見平団地線に充当された時の様子です。撮影 ブルーペンギン様 |
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2001年7月投入のKL-LV280L1(ち51)です。茅ヶ崎のみに4台が在籍した代です。2016年3月までに全廃となりました。撮影 いそぶー様 |
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2001年7月投入のKL-LV280L1(ち51)です。いすゞ最古参グループで、この代の富士重仕様は写真の車1台のみが残存していました。撮影 わんたろう様 |
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こちらも「ち51」です。茅ヶ崎へは4台が投入されたグループで2015年8月から置き換えが始まりました。撮影 スナイパー様 |
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2002年7月投入のKL-LV280L1(や0133)です。この月の富士7Eボディはわずか1台のみの在籍で、鶴間の神奈中本体へ配属されました。新製時からLED行先表示を装備した最初のグループで、中山へは2007年10月に移っています。2016年1月に引退しています。撮影 湘南22様 |
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2002年11月投入のKL-LV280L1(ち2)です。2002年下期車で茅ヶ崎と大和に在籍したワンステップ仕様のLV280です。この代の富士ボディは茅ヶ崎と大和に在籍し、LED仕様での投入となりました。大和車は2005年11月に茅ヶ崎へ転属しています。 |
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2002年11月投入のKL-LV280L1(や38)です。大和は写真の車と「や99」の2台が投入されました。 |
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2002年11月投入のKL-LV280L1(ち2)です。茅ヶ崎のワンステップ車で、前面の車椅子マークが今まで付いていなかった運転席側にも増設されて計2枚になっています。撮影 齋藤様 |
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2002年11月投入のKL-LV280L1(ち2)のリアです。7Eボディ・ワンステップ車も銀ホイール車両が徐々に増えてきました。撮影 齋藤様 |
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2002年11月投入のKL-LV280L1(ち2・ち1)です。初代以来のLVワンステップで、かなちゅうロゴが貼られた以外に外観は特に変化は見られません。正面車いすマーク増設、シルバーホイール化は後年実施されました。 |
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2002年11月投入のKL-LV280L1(ち67)ワンステップ車です。新製当初は大和に配置されており、茅ヶ崎には2005年11月に移ってきました。 |
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2002年11月投入のKL-LV280L1(ち67)です。この代の富士7Eボディは5台が在籍し全車が茅ヶ崎に配属されていました。撮影 湘南22様 |
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2002年11月投入のKL-LV280L1(ち2)です。外側のロービームはLEDヘッドライトへ交換済みです。撮影 いそぶー様 |
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2003年2月投入のKL-LV280L1(や102)です。この代を最後に富士重工ボディの新製も見納めとなりました。 |
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2003年2月投入のKL-LV280L1(ち21)です。茅ヶ崎と大和に入った富士重仕様では最終増備となった代で、車内の手すり形状に変化が見られます。 |
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2003年2月投入のKL-LV280L1(や0119)です。大和へ2台、茅ヶ崎へ3台が入った富士重最終増備グループで、大和の2台はいずれも2007年9月に中山へと移っています。撮影 湘南22様 |
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2003年2月投入のKL-LV280L1(ち35)です。茅ヶ崎には3台が在籍する代で、写真の車は一時期藤沢へ転属していたこともありました。撮影 いそぶー様 |
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2003年2月投入のKL-LV280L1(や0119)で、中山には「や0102」と共に僅か2台のみが在籍する型式です。撮影 わんたろう様 |
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2003年2月投入のKL-LV280L1(な102)です。 掲載時の時点で、富士重仕様も引退が進み、LV280も中山は2、茅ヶ崎も1台が残るのみとなっていました。 撮影 わんたろう様 |
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「な119」です。 な102と共に新製当初は鶴間に配属され、2台とも2007年9月に中山へと移っています。 神奈中の同型2002年11月車は2017年6月に全廃となったため、富士重仕様もこの代のみとなっていました。 撮影 わんたろう様 |
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2003年2月投入のKL-LV280L1(な119)です。 121系統運用中、新横浜駅前で待機している様子です。元から中山の富士重は少なかったですがLV324やUDのUA440も在籍していた時期がありました。 撮影 ゆーき様 |
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「な102・な119」です。 新製当初は鶴間に配属されていた2台ですが、中山に移ったのがちょうど10年前の2007年9月のことでした。その際に、横浜ナンバーへ変更登録されました。 撮影 スナイパー様 |
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「な119」納車当時の姿で、当時の社番は「や119」でした。 相模ナンバー時代の鶴間車庫での活躍は4年半程と短く、大半を中山で過ごしています。 |
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2003年2月投入のKL-LV280L1(な102・な119)です。 な102は121系統で新横浜駅を出発したシーン、 な119も同じ新横浜駅で10月2日に運行が始まったばかりの131系統 急行・川島住宅行で待機中の姿です。平日夜1本のみが運行されています。 撮影 ゆーき様 |
2003年2月投入のKL-LV280L1(な119)です。 今月の車検が迫り去就が注目された1台でしたが本日の運行がラストとなったようで、 写真は62系統の千丸台団地集会所行き運用時の様子や横浜駅西口で待機する姿です。 撮影 D特急様 |
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2003年2月投入のKL-LV280L1(な102)です。 同期の「な119」引退により、ついに神奈中の富士重工ボディ架装車もこの車1台のみとなってしまいました。 撮影 わんたろう様 |
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こちらは中54系統にて三保中央を出発するシーンです。 撮影 ゆーき様 |
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116系統運用時の姿です。中山の最古参2003年式はエアロスターを含め3台のみが残りますがいずれも年度内には引退しそうでしょうか。 撮影 スナイパー様 |
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2003年2月投入のKL-LV280L1(な102)です。 神奈中公式FBでもアナウンスがあり間もなく引退を迎えることとなりました。 撮影 スナイパー様 |
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休日のお昼に1往復のみが運行されている南01系統 南町田駅〜若葉台中央線運行時の様子です。撮影 ゆーき様 |
2003年2月投入のKL-LV280L1(や102・な102)です。 神奈中では最後に入った富士重工ボディ仕様となったグループで、2003年式のLV280は茅ヶ崎に2台、大和へ2台が入りました。 写真は鶴間時代、相模ナンバーの頃だった姿で【青55】系統運用時、それと晩年の中山在籍時の姿で【56】系統運用時です。中山へは2007年9月に異動し、社番履歴は「や102→や0102→な102」でした。 鶴間時代のかなちゅうロゴや共通カード取扱車ステッカーに赤ホイールも懐かしいです。引退が2018年1月でしたので今月で4年が経過しました。犬山いずみ様 |
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こちらも最終日の姿で121系統 保土ヶ谷駅西口〜新横浜駅線に充当されました。 撮影 わんたろう様 |
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2003年2月投入のKL-LV280L1(や0119)です。 神奈中の富士重工仕様は2018年1月で全廃となりましたが、写真の車は2017年12月に引退した車両で中山が神奈中本体の営業所として独立する以前の姿です。 撮影 わい様 |
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2003年2月投入のKL-LV280L1(な102)です。 神奈中では最後まで残った富士重工ボディとして記憶に新しい1台で2年前となる2018年1月に運行を終えています。撮影 わんたろう様 |