1970年式のBA30(や76)です。川崎ボディを架装する全長9.65m仕様でDA640型(96kW(130PS))エンジンを搭載しました。1979年4月の撮影です。撮影 まにまにカレチ様 まにまにカレチ様は2024年11月に亡くなられました。25年以上前に当コーナーを開設した際にも真っ先に画像を提供してくれた方でもありました。心よりお悔やみ申し上げます。 |
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1970年式のBA30(さ37)です。ナローバスのBA系でホイールベースは4.8m仕様です。1979年7月に相模原駅前で撮影された写真です。撮影 まにまにカレチ様 |
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1970年式のBA30(や75)で、こちらは1979年4月の撮影です。撮影 まにまにカレチ様 |
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1971年式のBU10D(や44)で、川崎ボディを架装します。足回りは直6のD920H型(129kW(175PS))を搭載しました。この頃は代替も早いペースだったため現在の1/2程度の在籍期間でした。1979年4月の撮影です。撮影 まにまにカレチ様 |
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1972年上期のBU10D(ち40)です。右は1980年下期のK-CJM500(ち10)で川重同士の並びになります。BUは廃車後に川中島自動車へ、CJMは東海自動車へ移籍し活躍しました。撮影 鎌倉営業所様 |
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1973年式のBU10D(ひ1)です。この辺りの年式からフロントマスクが若干大きくなり、フロントオーバーハングも伸びました。1979年6月の撮影です。撮影 まにまにカレチ様 |
1973年上期のBU10D(ち19)です。今はなき「茅ヶ崎駅〜本厚木駅」線での走行シーンや、車内の様子になります。 丸形の降車ブザーはこの代まで見られたとのことです。リアビューは廃車作業中の様子で方向幕やナンバープレートが外されています。ち19はその後、長野の川中島自動車へと移籍しました(長野22あ1165)。撮影 鎌倉営業所様 |
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1975年上期のBU10D(あ22)です。現在の厚21に当たる市内経由の本厚木駅〜宮ヶ瀬線で、撮影地は宮ヶ瀬です。昔の厚木は川重や北村ボディのいすゞ車も見られました。写真のバスは1984年上期に廃車後、箱根登山鉄道へ移籍しています。撮影 ゆたりん様 |
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1975年上期のBU10D(や74)です。鶴間車庫で休んでいる姿で、この年式の15台前後は廃車後も箱根登山鉄道へ移籍し活躍しました。撮影 まにまにカレチ様 |
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1975年下期のBU10D(や43)で、川重ボディを架装します。1979年4月の撮影です。撮影 まにまにカレチ様 |
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1976年上期のBU10D(や58)です。こちらはバンパーに踏み台が設置されています。1979年4月の撮影です。撮影 まにまにカレチ様 |
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1976年下期のBU10D(ひ125)です。フロントガラスのくぼみがなくなり、通風口のサイズも変わりました。1979年1月の撮影です。撮影 まにまにカレチ様 |
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同年式の「や50」を運転席側サイドから。1979年4月の撮影です。撮影 まにまにカレチ様 |
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1976年下期のBU10D(ち62)で、茅ヶ崎営業所で平塚駅の幕を表示し待機する姿です。1979年3月の撮影です。撮影 まにまにカレチ様 |
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1979年上期のBU10D(は100)です。運賃幕の位置はこの代から現行の位置に設置されるようになりました。それまでは前面表示幕の脇に付いていました。撮影 相州屋様 |
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1979年上期のBU20K(お106→つ56)です。試作冷房、長尺、高出力という貴重な存在でした。1985年上期に津久井へ転属し1988年上期に廃車となりました。相模湖駅での撮影で、後ろにいるのはCJMです。撮影 ゆたりん様 |
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「つ56」です。試作冷房、高出力車の1台で舞岡に配置されていましたが、1985年上期に津久井へやって来ました。ゆたりん様所蔵 |
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1979年上期のBU10D(や95)です。1979年4月の撮影ですので納車間もない頃の姿です。この位置に運賃幕が来た初めての代ですが、大変美しい艶のある車体が印象的です。撮影 まにまにカレチ様 |
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1979年上期のBU10D(ち90)です。運賃幕はこの代から現在と同じ場所に位置していますが、この位置で「前乗後払」表示は珍しかったのでしょうか? 撮影 ゆたりん様 |
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1979年下期のBU10D(ま140)です。BU系では最後に増備された代で、前扉の窓ガラスが2枚になりました。写真の車は廃車後に東海バス沼津へ移籍しました。撮影 鎌倉営業所様 |
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1980年上期のK-CJM550(ま88)です。1985年に撮影された神奈中では最も初期のCJMで試作冷房車です。 エンジンは直6の6QA2(162kW・220PS)型を搭載しました。撮影 鎌倉営業所様 |
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1980年下期のK-CJM550(ふ71)です。 長尺ボディのCJMで、全長11m、ホイールベースは5.5mありました。当時既に冷房車の導入は始まっていましたが写真の車は非冷房仕様になります。撮影 鎌倉営業所様 |
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1981年下期のK-CJM550(ふ19)です。1988年3月に本厚木駅南口で撮影された写真で今はなき[長13]系統に入ったときの様子です。この年の12月に綾瀬営業所が開設され、この車は「せ19」へと転属しました。撮影 ジャック様 |
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1982年上期のK-CCM410(さ56)で中型車です。K-CDM410と共に登戸線等で活躍した神奈中では稀少型式です。廃車後は関東自動車へと渡りました。1988年12月の撮影です。撮影 ジャック様 |
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1983年上期のK-CJM550(は46)です。CJM系は1980年上期から1983年下期に渡り導入されました。川重・富士3E・富士5E・北村ボディが存在し、川重は長尺のCJM550も在籍していました。初期車は運賃幕の周りに窪みがあったり、1983年下期製のみは中ドアの窓が一回り大きいサイズでの導入等の違いも見られました。撮影 相州屋様 |
1984年上期のP-LV314N(ふ1)です。 神奈中では最も初期のLV系で、この川重製キュービックボディは2000年のエルガ登場まで製造されたデザインです。これまでのCJM系とは全く異なるデザインで、独特な前面スタイルも話題となり神奈中でも1999年まで多数が導入されました。写真の車は廃車後に関東自動車へ移り活躍しました。 奥には1977年式の三菱B800Nの姿も見えます。撮影 鎌倉営業所様 |
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1984年下期のP-LV314N(ふ5)です。まだ系統番号が設定されていない頃に撮影された長尺のLV314系です。撮影 遠藤様 |
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1985年上期のP-LV314N(ふ51)です。LV314系は1984年上期から1990年上期に渡り導入されました。写真のバスは初期グループに当たり、前後の表示幕が小さく変速機もロッド式で床も板張りでした。この長尺のN尺の他、L尺でも導入されていましたし富士5Eボディ仕様も導入されていました。撮影 it様 |
1986年上期のP-LV314N(せ11)です。この代まではマーカーランプが屋根上になく、方向幕の脇に埋め込まれていました。 側面後方のエンジン・ルーバーは四隅が丸っこい横長の長方形で、川重・IKCボディを架装したP-LV系に共通する形状 。 |
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1986年上期のP-LV314N(せ74)です。川重の長尺LVも数多く在籍していたので懐かしいです。撮影 藤島雅哉様 |
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1986年3月投入のP-LV314N(せ43)です。 旧塗装のキュービックでこの1986年上期は川重のキュービックのほか富士5Eボディを架装した2種が導入され、写真の長いN尺のほかL尺もそれぞれのボディで見ることが出来ました。 新製配置は藤沢営業所で「ふ138」号車でした。1988年12月の綾瀬営業所開設時に転入しました。撮影 相州屋様 |
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1986年下期製のIKCボディP-LV314L(ま93)です。1998年秋に全廃されたタイプです。このタイプのN尺仕様も同時に全廃となりました。撮影 it様 |
![]() | 1986年下期のP-LV314L(ま93)です。この代の町田はL尺が2台在籍しました「ま76・ま93」。 町田バスセンターにて町26 図師経由の野津田車庫行で待機中の姿です。撮影 綾瀬師匠様 |
![]() ![]() | 1986年下期のP-LV314N(ふ35)です。この長いN尺は藤沢と綾瀬に最後まで残っていました。写真の車は運賃幕が黒地タイプへ交換されました。撮影 相州屋様 |
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1986年下期のP-LV314N(ふ35)です。 波線の旧塗装では最終代にあたるキュービックで、翌1987年から現行塗装へと切り替わっています。 新製当初は「ふ111」号車だった車で1988年の綾瀬営業所新設に伴い藤沢から多数の車が転出したため後に社番整理のため改番されました。撮影 it様 |
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1987年上期のP-LV314Nです。3月投入車の登場時は前後の方向幕周辺も赤色で塗られていました。その後現行塗装へ塗り替えられたため幻のカラーとなりました。撮影 小川様 |
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1987年上期のP-LV314N(ふ21)です。現行塗装となった代で2001年7月まで活躍しました。写真のバスは晩年、藤沢神奈交バスへ管理委託され「ふ021」となっていました。 |
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1987年上期のP-LV314N(せ24)です。この代の綾瀬は7台が在籍、いずれも1988年12月の綾瀬営業所開設時に藤沢から転入しました。 この年式のキュービックは全長10.98m、ホイールベース5.5mの長尺仕様のみが導入されました。写真は海老名駅東口で待機している様子で、海11系統 海老名運動公園行です。撮影 綾瀬師匠様 |
1987年上期のP-LV314N(つ3)です。この代の津久井は長いN尺9台が在籍しました。 写真は町30系統の町田ターミナル〜橋本駅線運用時の姿です。以前は津久井、相模原との共管路線でしたが、1999年11月21日改正で相模原へ移管、2001年7月には多摩へ移管された路線です。撮影 TKU様 |
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1988年上期のP-LV314N(つ39)です。 この代の津久井は長尺のキュービックが6台在籍しました。2001年12月まで在籍しかなちゃん号に置き換えられています。 左は相模原営業所の1999年式、三菱KK-MK23HJ(さ0210)エアロミディです。撮影 tu様 |
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1988年上期のP-LV314N(せ26)です。上期の綾瀬は3台が在籍し、いずれも1988年12月の綾瀬営業所開設時に藤沢から転入しました。 この年式のキュービックもホイールベース5.5mの長尺仕様のみが導入されました。写真は海老名駅付近ですが、方向幕動作中で辻33系統の羽鳥山経由綾瀬車庫行の表示です。撮影 綾瀬師匠様 |
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1988年下期のP-LV314N(せ82)です。1984年上期から多く導入されてきた長尺LVもこの車が最後となり2003年2月にいすゞボディの長尺は全廃となりました。「ワンマン出入口」の表示幕は波線塗装の車から譲り受けた物でしょうか。 |
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1988年式のP-LV314N(ふ85・ふ57)で、廃車され搬出待ち状態の様子です。ホイールベース5.5mの長いN尺キュービックはこの年式まで導入されていました。撮影 佐藤雄紀様 |
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1989年上期のP-LV314L改(ふ054)です。この代の藤沢車は6台が在籍しいずれも藤沢神奈交バスへ管理委託されています。 |
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1989年下期のP-LV314L改(ふ065)です。IKCボディのLV314系では唯一残っていた1台ですが、写真の車は2004年11月から運用離脱しており、実質全廃状態でしたがIKCボディのLV314系では2005年8月盆前の最後まで残った1台でした。 |
1989年下期のP-LV314L改(つ017)です。津久井神奈交へ管理委託されていた1台で、LED化改造が施されていました。幕式時代の姿も合わせて紹介します。写真は橋01の三ヶ木行や、橋25 橋本駅〜大戸線運用時の姿です。撮影 ムッチー様 |
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1989年下期のP-LV314L改(せ64)です。この代の綾瀬車は2005年7月中に全廃となりましたが、先に1990年上期車が全廃となっています。 |
1989年下期のP-LV314L改(さ90)です。 この下期のキュービックは藤沢、津久井、綾瀬に計10台が配属されていましたが、晩年の2004年10月に突如津久井→相模原の転属が1台実施されました(元つ15→つ015)。 その前の年には津久井→相模原へと富士7Eボディの同型転属もあり驚かされましたが、キュービックは相模原初登場でしたのでこれも驚きました。 ただ、路線での運用実績はなかったのか貸切で使用された位で、麻溝車庫ではなく峡の原車庫の同じ位置に置いてあった印象です。1ヶ月経たぬ内に廃車となってしまいました。 並んで置かれている1990年上期の三菱P-MP218M(さ92)も一緒に津久井から転入した車です(元さ61→さ0183→つ073)。 |
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1989年11月投入のP-LV314L改(せ34・せ64)です。 この年下期のキュービックはL尺10台が配属、藤沢と綾瀬にに各4台、津久井に2台が入りました。富士7Eボディ仕様は倍となる21台が茅ヶ崎や平塚等へ入っています。 藤沢や綾瀬車は転属することなく2005年まで活躍しました。撮影 犬山いずみ様 |
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1990年上期のP-LV314L改(ふ015)です。1984年から続いたLV314系最終増備の年式です。IKCボディのこの代は1989年下期導入車より一足早い2005年2月に全廃となりました。撮影 相州屋様 |
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1990年上期のP-LV314L改(せ65)です。P-代最終期のLV314は藤沢に3台、綾瀬に5台が配属されました。写真は長19系統 長後駅西口〜倉見経由〜茅ヶ崎駅線待機中の姿です。撮影 綾瀬師匠様 |
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1990年上期のP-LV314L改(せ31)です。こちらも綾瀬車で長28系統の相武台下駅→大上経由長後駅西口行です。撮影 綾瀬師匠様 |
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1990年3月投入のP-LV314L(せ99)です。 昭和58年排出ガス規制に適合したP-代キュービックでは最終増備のグループで1984年から導入されてきた型式です。90年上期はL尺のみ8台が入り藤沢と綾瀬に在籍しました。 足回りは変わらず直6の6QA2型(162kW(220PS))でOD5段仕様です。2005年2月までに全廃となっています。 |
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1991年上期のU-LV324L(せ103・104)です。U-代最初に入った代で、P-LV系と比べるとドアコックや牽引フック用の位置が違い、サイドウィンドーにも変化が見られます。この初期U-LV系のルーバーは四隅がR状になっており、逆に1992年式からは四隅が直角な形状をしています。この型式は1994年下期まで導入されました。2006年3月に全廃となっています。 |
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1991年上期のU-LV324L(せ103)です。湘南台駅にて長10系統運用時の写真です。撮影 綾瀬師匠様 |
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1991年上期のU-LV324L(ひ55)です。見慣れたキュービックも平塚車となるとまた大変新鮮に映ります。写真は平68系統で愛甲石田駅に姿を現したときの様子です。撮影 綾瀬師匠様 |
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1992年上期のU-LV324L(ふ076)です。1991年式と比較するとエンジンルーバーの四隅が直角になっています。やはり藤沢のバスは運賃幕が黒幕式になっています。また、この代は補助席付でしたが殆どの車が後に撤去されています。2006年3月に全廃となりました。 |
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1992年上期のU-LV324L(ふ076)です。この代の藤沢車は5台が配属されました。後年、いずれも藤沢神奈交バスへ管理委託されています。 |
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1992年上期のU-LV324L(せ41)です。補助席が装備されていた代で、藤沢と綾瀬に在籍していました。写真の車は2003年に「ふ0101」へと移り2005年末まで活躍しました。 |
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1992年下期のU-LV324L(せ77)です。写真の車も2006年6月に廃車となりました。なお、1993年式は一足早く2006年7月に全廃となっています。 |
1992年9月投入のU-LV324L(ふ028)を各角度から紹介です。 上期に続いて入ったキュービックですがこの月は「ふ28・せ7・せ77」3台のみの導入に止まりました(富士7Eは4台)。 2002年5月に当時の藤沢神奈交バスへ管理委託され、引退半年前の2006年2月にLED表示化改造が実施されました。引退後は海外へと輸出されました。撮影 it様 |
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1992年9月投入のU-LV324L(ふ028)です。 平成元年排出ガス規制に適合したU-代キュービックは1991年〜1994年にかけLV324系が導入されいずれもL尺が選択、富士重工7E仕様も並行して導入されました。 写真は2006年8月に引退する半年前にLED表示化された姿で、高山車庫から出発時の様子になります。撮影 tm様 |
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1993年上期のU-LV324L(せ66)です。この代のキュービックも4台のみの新製で、綾瀬3、津久井1台でした。2006年2月に全廃となっています。 |
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1993年上期のU-LV324L(せ35)です。長27系統の長後駅西口→相武台前駅行運用中の姿になります。撮影 綾瀬師匠様 |
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1993年下期のU-LV324L(つ025)です。2003年11月より津久井神奈交へ管理委託されました。写真は三ヶ木での記録で、橋09 橋本駅南口〜三井〜三ヶ木線です。撮影 綾瀬師匠様 |
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1993年下期のU-LV324L(つ025)です。津久井神奈交に委託されている代で2台のみが在籍しました。2006年7月に全廃となっています。撮影 Togashi様 |
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1994年上期のU-LV324L改(せ47)です。この代からいすゞ車にも新ステップが装備されるようになりました。やはり新ステップ装備のLV324系は希少な存在で、この代は4台のみが在籍しました。 |
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1994年上期のU-LV324L改(ひ123)です。平塚では2年間のみ見られたキュービックのLV324です。2004年2月に津久井から転入し、2006年3月まで活躍しました。途中、LED化されたり廃車直前の数ヶ月は湘南神奈交バスへ管理委託されていましたが、車検の関係で同期の綾瀬車2台より1年も早く廃車となりました。撮影 Yu131様 |
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1994年上期のU-LV324L改(せ8)です。平塚車が2006年3月に廃車となりましたが、この綾瀬に残った2台はその1年後の2007年3月まで活躍しました。 |
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1994年下期のU-LV324L改(ち86・ち72)です。IKCは4台が導入された代で、写真は2005年4月末に綾瀬から転属してきた2台で茅ヶ崎初のキュービックボディのLVとなりました。廃車となった2007年7月まで見られました。撮影 齋藤様 |
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1994年下期のU-LV324L改(ち86)です。転入によって茅ヶ崎初となったキュービックボディも2006年2月にLED化改造が施されました。撮影 齋藤様 |
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1994年下期のU-LV324L改(つ07)です。この代の津久井は「つ05・つ07」の2台が在籍します。 写真は廃止直前の橋09系統 橋本駅南口→三井経由の三ヶ木行運用中の姿です。撮影 ムッチー様 |
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1994年下期のU-LV324L改(つ07)で、LV324系最終増備の代です。写真の津久井車も2004年にLED化されました。リア上部の取っ手は撤去されています。撮影 Togashi様 |
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1994年9月投入のU-LV324L(せ86)です。 平成元年排出ガス規制に適合したU-代のキュービックは1991年上期から導入され、写真の車が最終増備に当たるグループでした。 上期/下期共に各4台ずつの導入に止まり、下期の綾瀬は2台が在籍しました(せ84・せ86)。いずれも引退後は海外へと輸出されています。 |
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1994年下期のU-LV771R(ひ852)でスーパーハイデッカー車です。1999年に田村車庫・本厚木駅〜羽田空港線用に改造されました。元々はJリーグ「ベルマーレ平塚」の選手輸送用として導入されましたが(元ひ502)、カラー・内装も一新しリムジンバスで再スタートとなりました。2007年3月に廃車となっています。 |
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ひ852です。IKCボディを架装したこのバスは羽田空港線で活躍していましたが2001年末頃に「AIR EXPRESS SALOON」の表記が消されました。貸切にも対応したのでしょうか。また、理由は分かりませんが2002年3月にはナンバー変更登録が実施されています。 |
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空港線の運用を解かれてからは深夜急行で活躍、その後は貸切で活躍しました。 |
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1996年下期のKC-LV380L(つ014→T-5)です。KC-代では初のキュービックボディ車で1台が在籍します。前面運賃幕は1997年下期以降タイプに交換されており、また、今後のパスモサービス開始準備のため、機器は設置済みかつ共通カード取扱車シールも剥がされています。撮影 Togashi様 |
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1997年上期のKC-LV380L(せ75)です。廃止された長51系統 長後駅東口〜ドリームランド線の表示です。撮影 綾瀬師匠様 |
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KC-LV380L(せ129)です。↑の「つ056」と違い、こちらのヘッドライト枠は一般的なブラックに塗られたものです。 |
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1997年上期のKC-LV380L(せ75)です。綾瀬には3台が在籍した代で、神奈中のLV380は1996〜1999年式が在籍しています。 |
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1997年上期のKC-LV380L(つ051)です。三ヶ木操車所に配属されている車で、八07系統運用に入るときの様子です。撮影 Togashi様 |
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1997年上期のKC-LV380L(つ056)です。三ヶ木操車所に配属されているV8エンジン搭載のキュービックボディです。この代の津久井車は2台が在籍しました。撮影 Togashi様 |
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1997年下期のKC-LV380L(ふ080)です。同年上期車と比較すると中ドア戸袋窓の処理に変化が見られます。この代のIBUSボディは上期と同じく全体で5台が入り、写真の藤沢のほか、綾瀬、中山に在籍していました。2010年8月に全廃となっています。撮影 Ad-blue様 |
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1998年上期のKC-LV380L(せ39→つ048)です。この代は3台のみが新製され写真の綾瀬には2台が配属されていました。晩年は津久井へ転出しました。 |
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1998年上期のKC-LV380L(せ59)です。座席シートはこの代まで赤色でしたが全車が更新されました。 |
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1998年上期のKC-LV380L(つ047)です。2010年9月に藤沢から転入したキュービックです。8月に運用離脱し、しばらく高山車庫で留置されていましたが、9月末に津久井へ移ってきました。10月1日から運行開始となった橋99 橋本駅南口〜アリオ橋本間のシャトルバスで見られました。撮影 ベイリゾート様 |
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1998年上期のKC-LV380L(つ047)です。元藤沢車のキュービックで、アリオ橋本のシャトルバスに限定運用されてた頃です。撮影 佐藤雄紀様 |
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1998年上期のKC-LV380L(つ048)です。こちらも2010年9月に転入したキュービックで元綾瀬(せ39)車ですやはり橋99系統のアリオ橋本シャトルバスに限定されており、この頃はGPSを装備していませんでした。撮影 it様 |
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1998年上期のKC-LV380L(つ047)で、2010年9月に転入した元ふ09です。これまでアリオ橋本シャトルバスにほぼ限定されていましたが、3月中にGPSが元スヌバスから移設され運用限定も解除されました。撮影 表会長様 |
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1998年上期のKC-LV380L(つ048)で、2010年9月に綾瀬から転入してから、つ047と共にアリオ橋本シャトルバスにほぼ限定されていましたが、この車も3月中にGPSが元スヌバスから移設され現在は運用限定も解除されてました。写真は八07系統に運用されたときの様子です。撮影 Togashi様 |
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1998年上期のKC-LV380L(つ021)です。2011年3月に綾瀬から転入した車です(元せ59)。この代のキュービックは3台が投入されましたが、いずれも津久井へ移りました。撮影 Togashi様 |
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1998年上期のKC-LV380L(つ021)が、湖29 高尾山口線に充当されたときの様子です。平日の夕方に1往復のみが設定されている路線です。撮影 エアルガ様 |
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1998年下期のKC-LV380L(せ130)です。下期に綾瀬へ入ったキュービックは写真の車1台のみが配属されました。茅ヶ崎駅で待機中の様子で長18系統の倉見経由長後駅西口行です。撮影 綾瀬師匠様 |
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「せ130」です。2006年3月にLED化改造が施されました。さがみ野駅で出発待ちの様子で長24系統の長後駅西口行です。撮影 綾瀬師匠様 |
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1998年下期のKC-LV380L(ふ034)です。藤沢のこの代は、ふ031と共に2台のみが在籍していました。この代からアイドリングストップ&スタートシステムを搭載しています。撮影 Yu131様 |
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1998年下期のKC-LV380L(つ063)です。神奈中では最後まで残ったキュービックで、これより新しい1999年上期車が一足早い2012年2月の全廃後はこの車1台のみが残っていました。最も初期のキュービックが1984年上期の導入ですので28年間見られたデザインです。撮影 it様 |
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こちらは津久井転属以前の「せ130」号車時代の姿で、幕式・共通カード仕様の頃です。 |
1998年10月投入のKC-LV380L(せ130)です。 98年下期のキュービックは「ふ31・ふ34・せ130」の3台が導入されました。 貸切ツアーで撮影された写真で1枚目は宮ヶ瀬、次いで上煤ヶ谷バス停の一コマでは自転車ラックバス(旧あ0152)との離合も見られました。 3枚目は藤沢駅北口では同期の「ふ031」号車との並びが実現。 2011年9月に津久井へと転出し「つ063」となりましたが、翌年8月には引退、同年中には青森県のつばめ交通へと移籍を果たしましたが活躍は短く廃車となり姿を消しています。撮影 it様 |
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1999年式のKC-LV380L(や31)です。 2004年12月に藤沢から転属してきた1台で(元ふ56→ふ056)、大和でのキュービックは1984年式のLV314以来、10年振りに見られることとなりました。撮影 平社員様 |
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1999年上期のKC-LV380L(せ38)です。3台が在籍した代で藤沢、大和、綾瀬に各1台が在籍しました。キュービックボディも路線車ではこの代で最終増備となりました。 |
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1999年5月投入のKC-LV380L(や31)です。 2004年12月に藤沢から転属してきたキュービックですが、2005年4月に鶴間から中山へと移動し相模200か645→横浜200か1744へと変更登録されました。鶴間時代は僅か5ヶ月足らずの在籍となりました。2005年7月にLED化改造が実施されています。撮影 や72様 |
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1999年5月投入のKC-LV380L(や031)です。2010年3月までに旧タイプの運賃幕(白幕=運賃前払い/運賃後払い)は津久井神奈交を除いて全廃予定でしたが、写真の車は旧タイプ幕へ交換されているため暫く見ることができました。撮影 や72様 |
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1999年5月投入のKC-LV380L(や031)です。中山では唯一の存在となっていたキュービックボディです。旧タイプの運賃幕を装備しており貴重な存在でした。撮影 カナピカ様 |
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1999年5月投入のKC-LV380L(せ38)です。この代のキュービックは他に、ふ093、や031の3台のみが在籍しました。1998年下期より先に全廃となったグループです。撮影 Yu131様 |