南関東編
元神奈中バスの紹介「南関東」編です。
箱根登山鉄道  小湊鐵道  大江戸温泉物語  九十九里鐵道  アイビーエス  フレッサ  日の丸自動車興業  はとバス  江ノ島電鉄 

◎更新内容◎
2023.12.24…箱根登山鉄道のBU10D(ち17) 1975年式をアップです。

2023.12.17…箱根登山鉄道のMP118(は77) 1982年式
2023.12.10…小湊鐵道のMP37(あ36) 2004年式
2023.10.1…小湊鐵道のMP37(と66) 2005年式
2023.6.25…箱根登山鉄道のCJM(B795) 1983年式

フラワーNew!

2023.12.24 Tweet
シェア
ち17 いすゞBU10D 箱根登山鉄道バス 川重 元神奈川中央交通 1975年上期のいすゞBU10Dです。
箱根登山鉄道へは30台以上が移籍したBU10Dで、写真は茅ヶ崎営業所に在籍していた元ち17号車、1984年に移籍しました。
写真は川重ボディ仕様ですが、富士重工や北村製作所ボディ仕様も移籍していました。
神奈中時代の外観を維持していますが、前ドア折戸の開き方を前方側へ変更、ドア灯は中ドア→前ドア上へ、中ドア右の「しめきり」表示幕は埋められていました。
足回りはD920H型エンジン(129kW(175PS))を搭載しました。撮影 相州屋様
いすゞBU10D 相模22か2685 1975上期 ち17 相模22か932 川重 B539 小田原













箱根登山鉄道 ※全廃済
B529リア 旧塗装で1974年式のBU10D(B529 小田原)です。ブルーのラインが懐かしいです。左はREです。撮影 相州屋様

B561リア 1975年式の北村ボディいすゞBU10D(B561 沼津)です。中ドアは使用せず固定され、室内は座席が設置されています。撮影 相州屋様

B541リア 1975年式のBU10D(B541 小田原)です。1974〜1976年式の現行塗装車は、中扉を埋め込んでおり、ドアステップ部も埋め込まれ座席が設置されていました(3Eと北村も)。撮影 相州屋様

B576リア 1975年式のBU10D(B576 小田原)です。前ドアのガラス面積が広くなりましたが、B541と違いリアにルーバーが付いています。撮影 相州屋様

B547B548B578 いすゞBU10D(B547、B548、B578)です。いずれも1976年式で、B547は富士3E型ボディで仙石に所属、こどもの村表示が懐かしいです。B548も富士ボディで小田原、B578は川重ボディで小田原に所属、左に写るRC300Pも懐かしいです。撮影 藤島優哉様

B580リア 1977年式の北村ボディいすゞBU10D(B580 小田原)です。冷房化改造工事を受けています。撮影 相州屋様

2009.11.4
B581 1977年上期のいすゞBU10D(B581 小田原)です。車体は北村製作所製で、1985年の転入で冷房改造が施されています。主に小田原市内線運用で活躍し1992年5月まで走りました。撮影 ジャック様

リア 「B581」号のリアビューです。撮影 相州屋様

B582リア 1977年式の北村ボディいすゞBU10D(B582 足柄)です。非冷房でまた前扉の窓形状に違いが見られ、フロントにも赤いラインが1本塗られています。撮影 相州屋様

B602リア 1977年式で1985年転入の北村ボディいすゞBU10D(B602 湯河原→小田原)です。B581と仕様は同じですが冷房改造を受けていない非冷房車です。撮影 相州屋様

B606リア 1977年式の北村ボディいすゞBU10D(B606 足柄)です。B582と同仕様ですが、こちらは冷房改造車です。1995年6月に廃車となっています。撮影 相州屋様

B599リア 1985年転入の川重ボディのBU10D(B599 小田原)です。冷房改造車で、運賃幕が左上にあるのは1978年下期までの仕様です。撮影 it様

B601リア 1977年式のBU10D(B601 小田原)です。冷房化改造が施されており、車体中央に2個のルーバーが増設されています。中ドア上にも足下を照らすライトが付いています。撮影 相州屋様

B560リア こちらは1974年式で富士3EボディのBU10D(B560 小田原)です。撮影 相州屋様

B548リア 1976年式のBU10D(B548 小田原)です。この代からは窓配置に変更が見られます。撮影 相州屋様



2003.10.6
B701B701 1981年下期のいすゞK-CJM500(B701 沼津 元ま77)です。富士3Eボディを架装したCJMで写真の車は1988年に沼津営業所へやって来ました。撮影 相州屋様

B753B753 1983年上期のいすゞK-CJM500(B753 小田原→湯河原 元ま→ち59)です。こちらは富士5EボディのCJMで1990年に登山バスに移籍し、1994年に湯河原営業所へ転属しています。1999年まで活躍しました。
神奈中時代、新製当初は町田にいましたが、1985年に茅ヶ崎へ転属した車です。撮影 相州屋様

B754 1983年上期のいすゞK-CJM500(B754 小田原→足柄→沼津 元ち72)です。ボディは富士5E型で、このバスは1998年12月に廃車なっています。撮影 ユーロえぼし様

B756 1983年上期のいすゞK-CJM500(B756 小田原→足柄 元つ61)です。1999年3月に廃車となりました。表字幕は懐かしい「みくるべ」表示です。撮影 相州屋様

B795B795 1983年下期のいすゞK-CJM550(B795 小田原)です。中ドアの窓ガラスが大きい最終増備のCJMです。2000年3月に全廃となりました。撮影 it様



B796B796 1984年上期のP-LV314L(B796 元つ31)です。運賃幕の箱は撤去され埋められています。側面幕の枠が大きいのはこの1984年上期の特徴でした。撮影 ともやっち様

B800 1984年上期のいすゞP-LV314L(B800 元ま60)です。1991年に転入してきた川重製キュービックボディです。足柄営業所に配置され活躍しましたが2001年6月に引退となりました。撮影 横浜の恥じっ子様

B801B801 1984年上期のいすゞP-LV314L(B801 足柄 元ま66)です。箱根登山に残った最後の元神奈中車でしたが2002年3月に全廃となりました。撮影 it様
2009.12.13
B799 1984年上期のいすゞP-LV314L(B799 足柄 元ま36)です。車体は川重製で最も初期のキュービックボディで、1991年に神奈中を廃車となり同年に箱根登山へ転入しています。2000年6月まで走りました。撮影 相州屋様

B886B886 1985年上期のP-LV314L(B886 小田原 元ま171)です。このタイプは2001年2月に全廃しています。撮影 it様

2006.9.17
B885 1985年上期のいすゞP-LV314L(B885 小田原 元ま170)です。富士5Eボディを架装したLV314系で1995年3月に神奈中を廃車後、同年7月に小田原へ移籍して来ました。当初は箱根の山運用にも入っていましたが晩年は小田原の市内線運用で見られ2001年2月まで活躍しました。撮影 相州屋様



B537リア 1974年式の日野RE140(B537 湯河原)です。帝国ボディ架装車で、フロントガラスは4枚、サイドウィンドーはバス窓仕様です。撮影 相州屋様

B533リア 日野RE140(B533 足柄)です。同じく1974年式でサイドウィンドーは2段サッシですが、フロントガラスは4枚仕様です。撮影 相州屋様

B536リア 日野RE140(B536 湯河原)です。1974年式で、リアではブレーキランプの形状に違いが見られ改造された様です。ルーバーにあるバックランプの周りも塗装されています。撮影 相州屋様



2023.12.17
は77 三菱K-MP118M 箱根登山鉄道 ブルドック 熱海駅〜湯河原駅〜大観山〜元箱根
は77 三菱K-MP118M 箱根登山鉄道バス 呉羽 リア 神奈川中央交通
1982年3月投入の三菱K-MP118Mです。
1989年に当時の箱根登山鉄道へと移籍したブルドックです。
1980年〜1983年式の20台ほどが移籍を果たしていますが、初期に移籍したグループは中ドアが埋められ1ドア仕様になっていたのが大きな特徴で、戸袋窓はそのままで中ドア跡は窓サッシを設置、車内もドアステップ部は塞がれ座席が設置されていました。
写真は湯河原駅で記録されたものです。撮影 相州屋様
三菱K-MP118M 沼津22く2167 1982.3 は77 相模22か2567 呉羽 仙石→小田原(相模22か3959)→熱海


B697
B802 B749
2000年2月に全廃となった三菱K-MP118Mです。1980年式のB697です。初期型はクーラーユニットが大型タイプの物が載せられていました。
下段は1983年式で運賃幕が埋められたタイプです。MP118は1988年に初めて転入したのが最初で、幾つかのタイプが12年近くに渡り活躍しました。撮影 相州屋様

2002.11.22
B751 1983年上期の三菱K-MP118M(元さ**→や89)です。登山バスでは最後まで残ったブルドックで2000年2月に全廃されています。撮影 R.あっきい様

P-MP218Mリア 2000年12月に全廃となったエアロスターKな三菱P-MP218M(B887 元あ166)です。投入は1985年上期で、フロントの表示幕が小さいタイプでした。車内の床は板張りで変速機はフィンガーシフトコントロールシフトです。運賃幕やドア脇の表示幕なども埋められています。箱根には96年にやって来ました。
神奈中ではこの方向幕の小さいMP218は、1984年下期と1985年上期に導入されました。撮影 it様

2002.10.8
P-MP218MP-MP218M 1985年上期の三菱P-MP218Mで廃車直後の姿です。元厚木・相模原車が4台在籍し、2000年末までに全廃となりました。撮影 相州屋様


2020.4.5
K-MP118M
K-MP118M
1983年3月投入の三菱K-MP118M(B747)です。
当時の箱根登山鉄道へと移籍したブルドッグで1990年に湯河原へと転入しました。正面の運賃幕は埋められています。
神奈中からの移籍は1996年を最後に見られなくなり、いすゞや日野、三菱の3メーカーが見ることが出来ましたが2002年頃までには全廃となっています。撮影 相州屋様
相模22か4211 三菱K-MP118M 1983.3 元ひ91 相模22か2285 呉羽 B747



2021.8.10
K-CJM550 B795 1983年9月投入のいすゞK-CJM550です。
1991年に箱根登山鉄道へ移籍したCJMです。全長11m、ホイールベース5.5mの長尺車で、この長いCJM550は6台が移籍しいずれも川重ボディを架装した1983年式でした。2000年3月に引退しています。撮影 相州屋様
いすゞK-CJM550 1983.9 は91 相模22か2430 川重


2023.6.25
は91 いすゞK-CJM550 川重車体 神奈川中央交通→箱根登山鉄道 1983年9月投入のいすゞK-CJM550です。
1991年に箱根登山鉄道へ移籍した川重ボディのCJMで長尺仕様のCJM550です。
箱根登山へはCJM500と共に並行しで移籍していましたが、写真の車がCJMの移籍車としては最後に登録された車で2000年3月まで在籍しました。粒子状物質減少装置を装備していたようです。撮影 相州屋様
いすゞK-CJM550 相模22か4364 1983.9 は91 相模22か2430 川重 小田原観光




2021.7.31
PA-ME17DF も137 2005年2月投入の三菱PA-ME17DFです。
2021年6月に移籍した小型のエアロミディ・ノンステップバスです。自家用登録され移動販売で活用されています。

かつては綾瀬に配属され、ツインライナーに接続し慶応大学からのフィーダーバス(支線バス)のふじみ号として活躍した1台です。2014年には現在の橋本営業所へ転属し【淵22】系統 淵野辺駅北口〜古淵駅線で限定運用されていました。外観はそのままですが、キャンピングカーや移動販売車等で見られるFIAMMA製の日よけがルーフサイドに設置されています。
三菱PA-ME17DF 2005.2.23 元せ205→さ0137(14.11)→も137(17.1.1) 相模200か668 ノンステップ






大江戸温泉物語 ※2021年9月5日の営業をもって東京お台場 大江戸温泉物語の営業終了し車両も引退済

2020.5.12
KL-MP37JK 2006年1月投入の三菱PJ-MP37JKです。
2019年10月に大江戸温泉物語ホテルズ&リゾーツへ移籍したノンステップのエアロスターで1台を確認しています。
品川駅からの無料巡回バスに充当されています。車体は神奈中カラーの上から白いラッピングが施されているようです。撮影 長ナノ様
足立200は462 三菱PJ-MP37JK 2006.1 元お58→お058(2008.8)→お 58(2017.1.1) 横浜200か1991 MFBM ノンステップ




2021.1.8
PJ-MP37JK PJ-MP37JK PJ-MP37JK PJ-MP37JK PJ-MP37JK
2006年1月投入の三菱PJ-MP37JKです。
大江戸温泉物語ホテルズ&リゾーツへ移籍し活躍するノンステップのエアロスターで、2019年10月に移籍しました。
写真は銀河鉄道の貸切撮影会時に見られたシーンで、ぎんてつに在籍するKL-MP37JK(G205元東急・G206元横浜市営)との離合する様子が見られました。撮影 佐藤雄紀様
足立200は462 三菱PJ-MP37JK 2006.1 元お58→お058(2008.8)→お 58(2017.1.1) 横浜200か1991 MFBM ノンステップ





小湊鐵道

2020.11.30
ADG-RA273MAN ADG-RA273MAN ADG-RA273MAN ADG-RA273MAN ADG-RA273MAN ADG-RA273MAN ADG-RA273MAN ADG-RA273MAN ADG-RA273MAN
2004年式のエアロスター・ノンステップバスで、小湊鐵道バスへは2019年2月から移籍が始まりました。
千葉200か3152が2004年1月投入の三菱KL-MP37JMで元戸塚、3143は同型のK尺で元厚木、3137は元舞岡車です。
「小湊鐵道 バスも鉄道も!堪能ツアー」で実現した元神奈中車同士の並びや、生え抜きのPJ-MPノンステとの並びも。車内の様子は3152の元戸塚車です。
正面の運賃支払い方法を表示する小窓の運賃幕は埋められ、リア窓下のブレーキ・ウインカーランプが撤去されているのが特徴です。内装等はほぼ神奈中時代の姿を保っているようです。撮影 佐藤雄紀様
千葉200か3152 三菱KL-MP37JM 2004.1 と58 横浜200か1413 MFBM ノンステップ LED
千葉200か3143 三菱KL-MP37JK 2004.1.23 あ36 相模200か550 MFBM ノンステップ LED
千葉200か3137 三菱KL-MP37JK 2004.2 お44→お044→お 44 横浜200か1403 MFBM ノンステップ LED


2023.10.1
と66 三菱PJ-MP37JM 小湊鐡道 と66 三菱PJ-MP37JM 小湊鐡道 リア と66 三菱PJ-MP37JM 正面 蘇我スポーツ公園循環 蘇我駅西口行
2005年1月投入の三菱PJ-MP37JMです。
2019年6月に小湊鐡道へ移籍したエアロスター・ノンステップバスです。
小湊鐡道へは同年にKL-代のMP37が5台移籍していますが、PJ-は写真の車1台のみです。
外観では正面の運賃幕や、側面前寄りの車外スピーカーが埋められ、リアは上側のブレーキランプ・ウィンカーランプが撤去されています。撮影 it様
三菱PJ-MP37JM 千葉200か3166 2005.1 と66 横浜200か1613 MFBM ノンステップ


2023.12.10
あ36 三菱KL-MP37JK 小湊鐡道
あ36 三菱KL-MP37JK 小湊鐡道 リア
2004年1月投入の三菱KL-MP37JKです。
2019年3月に移籍したノンステップのエアロスターです。KL-代は5台が移籍、K尺が3台、M尺が2台の内訳でいずれも2004年式です。撮影 it様
三菱KL-MP37JK 千葉200か3143 2004.1.23 あ36 相模200か550 MFBM ノンステップ LED



ライン038




九十九里鐵道

2020.4.17
ADG-RA273MAN ADG-RA273MAN ADG-RA273MAN ADG-RA273MAN ADG-RA273MAN ADG-RA273MAN ADG-RA273MAN ADG-RA273MAN
九十九里鐵道へ移籍した2005年10月投入の日デADG-RA273MANです。
2019年11月と2020年1月に登録されたRA273のワンステップバスです。九十九里鐵道へは初めての移籍となり、RA273系の移籍も初めてとなりました。
運賃幕やドア横の表示幕は埋められていますが、ドアコックが車体中央寄りに位置する独特のフロントパネルも健在です。
新製当初は厚木に配属されていた車で、2台共に2013年3月に綾瀬へと転属しました。撮影 佐藤雄紀様
千葉230え13 日デADG-RA273MAN 2005.10.25 元あ177→せ38 相模200か739 西工 ワンステップ LED
千葉230え21 日デADG-RA273MAN 2005.10.26 元あ170→せ66 相模200か741 西工 ワンステップ LED



ライン038



アイビーエスコーチ
2019.6.29
クラブハウス クラブハウス クラブハウス
2004年2月投入の三菱KL-MP37JKです。
川崎市のアイビーエスコーチへは初めての移籍となり、2019年5月に1台が貸切登録され神奈川営業所に在籍します。
外観、内装共々神奈中時代の仕様を維持しており、川崎駅〜川崎競輪場を結ぶ送迎バスの運用で見られます。撮影 D特急様
川崎200か1775 三菱KL-MP37JK 2004.2 ま130 多摩200か806 MFBM ノンステップ LED
元ま130→ま0130(11.9-16.12)

2020.1.18
KL-UA452MAN
KL-UA452MAN
2004年10月投入の日デKL-UA452MANです。
2020年1月にアイビーエスコーチへと移籍を果たしたワンステップのUA452です。昨年5月のKL-MP37JK(元ま130)に続いての移籍となり貸切登録されています。
今回も塗装は神奈中時代の塗り分けが活かされており大きな改造は施されていないようです。
西工ボディを架装したUA452は僅か4台のみの投入で、内2004年10月車の「き124、き125」の2台が引退済ですが、き124は2019年2月に厚木北を去って間もなく解体されており移籍は叶いませんでした。撮影 スナイパー様
川崎200か1807 日デKL-UA452MAN 2004.10 元あ125→あ0125→き125 相模200か630 西工 貸切 ワンステップ



2021.11.7
三菱PJ-MP37JM さ11 アイビーエスコーチ三菱PJ-MP37JMリア さ11 川崎駅〜川崎競輪場無料送迎バス 2005年1月投入の三菱PJ-MP37JMです。
2021年5月にアイビーエスコーチへと移籍を果たしたエアロスター・ノンステップバスです。貸切登録されており川崎駅〜川崎競輪場を結ぶ送迎バスで活躍が見られます。
元の塗装を活かしたカラーリングとなっており、正面の運賃幕のほか、しめきり・出入口サボも存置、ノンステップバス表記等も含めほぼ神奈中時代のままの仕様が見られます。撮影 わんたろう様
三菱PJ-MP37JM 川崎200か1899 2005.1.26 さ11 相模200か658 MFBM ノンステップ



フレッサ
2016.12.31
KL-UA452MANKL-UA452MAN 「ガキ使」仕様のバスです。毎年大晦日に日本テレビ系列で放送されている「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!」のスペシャル「絶対に笑ってはいけない科学博士24時!」のPRデザインが施された車で「ガースー黒光り科学研究所」行きという怪しげな表示になっていました。
放送に先駆けて12月30日、31日の2日間に渡り、写真の池袋や新宿周辺を走行しました。

車両は2001年7月に投入された日産ディーゼルKL-UA452MAN(か1015)です。
新製当初から秦野営業所に在籍し、「は30→は030(2005年5月委託」となり、湘南神奈交バスへは2012年10月へ移籍、今年3月に引退しています。
撮影 わんたろう様

2016.12.31
KL-UA452MAN こちらは新宿駅東口付近で捉えられた「ガキ使」バスです。撮影 ハロ鉄様

2017.7.18
か1015 か1015 か1015
昨年末、「ガキ使」バスとしてラッピングされ話題をさらったアドバスのUD車ですが、
今年4月からはライブバス-LIVE BUSとして活用されており、バス車内で演奏等が出来る移動型のライブハウスとなっています。
5月からは湘南神奈交バス時代の社番シール「か1015」が貼られアクセントとなっています。
都内の走行が中心のようですが写真は先日横浜駅周辺を走ったときの様子です。
行先表示部はカラー式のLED表示が搭載され、引き続き神奈中時代の外観を維持しています。

車は2001年7月投入の日産ディーゼルKL-UA452MAN(元は30→は030→か1015)で2016年3月に神奈交を引退しています。
撮影 ブルーペンギン様

2017.10.2
クラブハウス クラブハウス クラブハウス
今年、相模原市中央区にオープンした『ファンタジスタ相模原フットサルパーク』がバス型クラブハウスとして9月末に導入された元神奈中のエアロスターです。
隣接するフットサルコートの利用者向けのクラブハウスのようで車内は座席は全て撤去されカウンターや木製シートが設置されるなど大幅な改造が施されています。
天井広告の枠や降車ボタンはそのままで、外観も塗装変更+ラッピングが施されていますが神奈中時代の姿を維持しています。
車両は2002年11月に入った三菱KL-MP35JMです。
改造はフレッサが手がけました。撮影 ムッチー様

2018.2.22
フレッサ・イベント フレッサ・イベント フレッサ・イベント フレッサ・イベント フレッサ・イベント フレッサ・イベント フレッサ・イベント
横浜市のフレッサが所有する元神奈中群です。広告宣伝用車両やプロモーション用車両の運行等が行われており、アドトラックなど様々な車両を所有しています。
昨年までのガキ使バスやライブバスでバスファンにも知名度が上がり、現在では求人「バニラ」バスのほかライブバスも2号車以降の整備が進んでいるようです。
写真は2月18日にフレッサさんで開催された面白バスイベント時の様子です。

赤い求人バニラの宣伝カー「バニラバス」は2004年2月投入の三菱KL-MP35JM(横浜800は2763・元は22)でフルカラーLEDを装備。
ライブバスのUA452元「か1015」と並ぶ新たなライブバス2号車として整備されている白い車は2002年11月投入のいすゞKL-LV280L1(元ち67)。
車体のラインカラーがブラウンとなっている富士7Eは2003年2月投入のいすゞKL-LV280L1(横浜230さ2560・元な102)で、神奈中最後の富士重仕様で1ヶ月前までは中山で現役だった車です。
撮影 ゆーき様

2018.2.22
KL-UA452MANKL-UA452MAN イベントで展示されたバニラバスや富士7Eの並びです。元秦野や茅ヶ崎、中山車が集結した形となりました。
このようなバスイベントは今後も開催が続けられるか期待したいです。
撮影 わんたろう様

2018.4.24
フレッサ・イベント フレッサ・イベントな102
フレッサ・イベント フレッサ・イベントか1015
フレッサ・イベント フレッサ・イベント フレッサ・イベント フレッサ・イベント
横浜市のフレッサが所有する元神奈中で、2月に行われたイベントに続き4月22・23日の2日間に渡り再びイベントが開催され色々な車の並びが見られました。
一番上の車は元「な102」で今年1月に神奈中を退いた2003年式のいすゞKL-LV280L1(横浜230さ2560)、
次いで同じ7EでもUDのKL-UA452MAN(横浜230す2023)はフレッさんを一躍有名にしたライブバス仕様(元ガキ使バス)の2001年式の元「か1015」、
改造中の7EもいすゞKL-LV280L1元「ち67」、
「glo(グロー)」とラッピングされたエアロスターは加熱式たばこgloの体験・販売会等の車で2002年式の三菱KL-MP35JM(横浜200は722 元よ61)、
最後は横浜神奈交バスに在籍していた2002年式の三菱KL-MP35JMで元「YK1107」です。YK車は昨年1月に舞岡で廃車になった後は富山県内の中古業者に渡っていましたが再び横浜の地に返り咲きとなりました。今後バニラバスになる模様です。
撮影 わんたろう様

2018.4.24
フレッサ・イベント フレッサ・イベント フレッサ・イベント フレッサ・イベント フレッサ・イベント
こちらも4月22日に開催されたフレッサさんの元神奈中車です。
改造中のエアロスターの様子も伺えますが、横浜神奈交カラーや元な102は引退間際に見られた惜別ボードの再掲も見られました。
撮影 ゆーき様

2018.4.24
フレッサ・イベント フレッサ・イベント フレッサ・イベント フレッサ・イベント
こちらはイベント2日目、4月23日の様子となります。
バニラバスは元「は22」の1号車に続いて施工された2号車で、2002年式の三菱KL-MP35JM(横浜800は2813 元な13)です。1号車とは微妙にデザインが異なります。
7Eの並びに続くグレーのエアロスターは、2002年式の三菱KL-MP37JKノンステップバス(横浜800は2775 元い90)です。
Adidas RUNBASEの可動式ランニングステーション仕様で、車内はランナー向けのスペースが確保されています。
撮影 リムジン様

2018.9.6
フレッサ・バニラバス KL-MP35JM 元YK1107→お195 フレッサ・イベント フレッサ・イベント
2002年11月投入の三菱KL-MP35JMです。
2017年1月の引退後、暫くして横浜のフレッサへと引き取られた1台で、今年6月に「バニラバス」として全国を巡回しています。
撮影されたこの日は茨城の水戸駅前に現れその存在力をアピールしていたようです。
元々は白を基調とした横浜神奈交バスカラーを纏ったYK1107号車で、車体はその殆どがラッピングをされていますが屋根上クーラーユニット等やホイールの白色で神奈交カラーの名残を読み取ることが出来ます。
撮影 佐藤雄紀様
横浜800は2821 三菱KL-MP35JM 2002.11 元YK1107→(お195) 横浜200か997 MBM ワンステップ

2019.8.10
KL-LV280L1 2002年11月投入のいすゞKL-LV280L1です。
フレッサが所有する移動型のライブハウス「ライブバス」の2号車です。2017年4月に登場したUA452の1号車に続き、2号車も元神奈中車となりました。内外装共に色々と改造が加えられているのが確認出来ます。
撮影 わんたろう様
多摩200か3379 いすゞKL-LV280L1 2002.11 元や38→ち67 湘南200か815 富士7E ワンステップ



2019.8.10
KL-UA452MAN こちらはライブバス1号車で2001年7月投入の日デKL-UA452MANです。
ライブバスは2台体制、貸切登録されている車で、前回掲載時からオリンピックナンバーへと交換されています。
撮影 わんたろう様
多摩230あ2023 日デKL-UA452MAN 2001.7.19 元は30→は030(05.5)→か1015(12.10) 湘南200か304 富士7E ワンステップ



2019.8.10
KL-MP35JM
KL-MP35JM
求人バニラの宣伝カー「バニラバス」です。2台共に三菱KL-MP35JMです。
バニラバスは全車がこの型式ですが、2763のみ2004年式のため丸形換気扇を屋根上に搭載します。撮影 わんたろう様
横浜800は2763 三菱KL-MP35JM 2004.2.4 元せ90→は22→
は022(08.5)→は22(17.1.1)
湘南200か1143 MFBM ワンステップ
横浜800は2823 三菱KL-MP35JM 2003.2 元よ43→ひ90(05.12)→お65(06.11)→
ひ0112(07.1)→ひ112(17.1.1)
湘南200か1038 MBM ワンステップ



2019.10.5
KL-MP35JM 2002年11月投入の三菱KL-MP35JMで、求人バニラの宣伝カー「バニラバス」です。
6台が在籍するバニラバスは全国各地で走行されており、こちらの写真は広島での撮影です。撮影 湘南22様
横浜800は2824 三菱KL-MP35JM 2002.11 元つ44→つ044(05.4)→
つ 44(17.1.1)
相模200か421 MBM ワンステップ


2021.12.30
三菱KL-MP37JK ま111 フレッサ 体入ショコラ 2004年2月投入の三菱KL-MP37JKです。
2019年10月にフレッサへ移籍したエアロスター・ノンステップバスです。以前はエルコレのラッピングが施されていましたが、2021年5月にナンバー変更がされ体入ショコラのラッピングが施され都内や神奈川県内をPR走行しています。撮影 RSL様
三菱KL-MP37JK 横浜830ふ1212 2004.2 元ま111→ま0111(11.9)→ま 111(17.1.1) 多摩200か801 MFBM ノンステップ


2022.4.28
三菱PJ-MP35JM ち84 フレッサ 体入ショコララッピングバス 2004年10月投入の三菱PJ-MP35JMです。
2021年5月にフレッサへ移籍したワンステップのエアロスターで同社でのPJ-代は初登場となりました。体入ショコラのラッピングが施されPR走行しています。撮影 NEOPLANNER様
三菱PJ-MP35JM 横浜830ほ1212 2004.10 元た36→ち53(07.1)→ち84(19.3) 湘南200か1033 MFBM ワンステップ




日の丸自動車興業 ※2021年全廃
2017.1.8
KL-MP37JM KL-MP37JM KL-MP37JM
日の丸自動車興業へ移った2002年3月投入の三菱ふそうKL-MP37JM(BS-20 元た75)で、元多摩車のM尺ノンステップバスです。
東京駅八重洲口を起点として運行されている無料巡回バス「メトロリンク日本橋」運用時の様子で、丸の内シャトルの運用にも入ります。
外観上ではバックカメラが付いた程度で大きな変更点はなさそうですし入口・出口のサボも活用されています。
長期的な活躍は見られなさそうですが元神奈中車が東京都心部を走る姿は興味深いです。撮影 it様


はとバス

2020.9.2
KL-MP35JM はとバスへ教習車として移籍した2004年2月投入の三菱KL-MP37JMのノンステップバスです。
2017年12月に移籍した元戸塚車で、外観はほぼ神奈中時代の形状を維持しており、正面の運賃幕がはとバスのシンボルマークとなっているのが印象的でこのような活用例もあるのかと興味深い1台です。
自家用登録されてオリンピックナンバーが採用されています。お忙しい中撮影掲載許可を頂き誠にありがとうございます。撮影 桃太郎301様
三菱KL-MP37JM 2004.1 と130 横浜200か1423 MFBM ノンステップ 教習車





小田急オートサービス
2020.1.8
LDF-KDH223B 2017年12月投入のトヨタLDF-KDH223Bです。
小田急オートサービスへ移籍したハイエース・コミューター(2WD・スーパーロング)です。町田市が実施した小山田桜台と多摩南部地域病院間を結ぶ検証運行用として3台が多摩へ在籍、神奈中時代はシルバー塗装でした。
2019年8月から日野ポンチョへサイズアップされるのに伴い運用離脱し廃車となりましたが、車そのものは2020年に入っても町田営業所へ留置された状態が続いていましたが、同年3月に3台共に小田急オートサービスへ移籍しました。所有は引き続き町田市と思われます。
移籍に際しラッピングが施され、町田市立国際版画美術館のシャトルバス用としてJR町田駅〜美術館間にて6月から運行しています。今年度の運行が11月で終了しています。

2021年1月には乗合型オンデマンド公共交通サービス「E−バス」の運行に伴い、神奈中ハイヤーの大和営業所へ移籍しています。町田市山崎町周辺エリアにて2021年1月18日から運行開始し3月12日までの予定です。撮影 わんたろう様
多摩200さ1434 トヨタLDF-KDH223B 2017.12 元た103 八王子200あ406






東京空港交通
2014.1.21
KC-MP317M 東京空港交通へ移籍した1998年下期の三菱ふそうKC-MP317Mです。2012年7月に引退した舞岡車で、2012年9月末には転入整備を受けていました。成田空港内ランプバスとして894、895の2台が使用されています。撮影 狛江市役所前様



ライン038


江ノ島電鉄 全廃

179 1969年式の日デ4R94(179 藤沢)です。フロントの傾斜が特徴の富士R12ボディを架装した4R系です。1978年の転入で1980年頃まで4R95もやって来ていました。撮影 さわらび様
MR410 MR410 MR410 MR410
三菱MR410(249、229、231 鎌倉)です。1985年ごろの撮影で、229、231は1972年式と推測されます。江ノ電ではあまり長くは活躍していなかったのですが元神奈中車も走っていました。どちらも1981年頃の転入です。撮影 富山の平島様


ライン038


銀河鉄道 全廃

2022.4.28
三菱KK-BE63EG い506 銀河鉄道 G-506 三菱KK-BE63EG い506 銀河鉄道 G-506 三菱KK-BE63EG い506 銀河鉄道 G-506 三菱KK-BE63EG い506 銀河鉄道 G-506 三菱KK-BE63EG い506 銀河鉄道 G-506 三菱KK-BE63EG い506 銀河鉄道 G-506 三菱KK-BE63EG い506 銀河鉄道 G-506 三菱KK-BE63EG い506 銀河鉄道 G-506
2002年4月投入の三菱KK-BE63EGです。
2022年1月に銀河鉄道へ移籍したロングボディ仕様のローザです。貸切登録されており、外観・内装共に塗装も含め神奈中時代の姿を維持し運転席の「先ず止まれ」プレートも健在です。
奇しくも伊勢原時代の社番と同じ506号となりました。また、元東急バスエアロスター・ノンステップバスとの並びも。
※活躍期間はわずかで、2022年7月には引退し海外へと輸出されています。撮影 佐藤雄紀様
三菱KK-BE63EG 多摩200あ1125 2002.4 元い301→い506(13.) 湘南200あ96 三菱 G-506


ライン038

三菱重工 相模原  全廃

P-MS729SP-MS729S 1990年式の三菱P-MS729S改(元ま603)です。神奈中ハイヤーで活躍していた三菱自工ボディのエアロクィーンMで、2001年3月から三菱重工相模原で活躍していました。撮影 綾瀬師匠様


ライン038

その他

2006.9.17
U-MS729SU-MS729S 平成観光へ移籍した1993年式?の三菱U-MS729SエアロクィーンMです。仕様はエアロスーパー47とのことでトイレ付です。

2004.5.13
K-CJM470改元社番 1981年式のいすゞK-CJM470改(元ま308)で、元町田の特定車だった車です。自動車学校の教習車として活躍した車で、富士3E型ボディを架装し、塗装以外は神奈中時代と変化はないようです。撮影 ジャック様

U-MP218MU-MP218M座席 1993年上期の三菱U-MP218M(元あ96)です。自動車学校の教習車として活躍している車で、2005年10月に神奈中を廃車になって間もなくして引き取られました。塗装が変わった以外に変化も殆どなく元の状態がよく残っています。指導教官用に、運転席横へ優先席座席が移設されています。撮影 ジャック様



2010.12.25
K-MP118M 1982年上期の三菱K-MP118M(元ひ56)です。1989年春に神奈中を廃車後、川崎市内の東芝へ移籍し工場送迎に使用されていました。同型は複数在籍したほか、神奈中からは他に日野K-RC321も移りました。撮影 菅井隆行様